CRETのコラム Colomn

CRETから、最新の教育・テストに関する世界の動向などをコラムとしてお届けします。

AI時代の教育


特定非営利活動法人教育テスト研究センター 理事長 新井 健一

 

 

 最近では、AIという言葉が、人工知能Artificial Intelligenceと注釈する必要がないくらい、日常的に使われるようになってきた。しかし、AIには技術革新の期待が高まっている一方で、将来の雇用や分配に漠然とした不安があるのではないだろうか。今後、1020年の間に、日本の49%の職業がAIに奪われるとか、65%の子どもたちは今存在していない職業に就くという予測があるようだ。この二つの予測はそれぞれ別の研究者が行ったものであるが、二つを合わせて見ると興味深い。49%が失業して、65%が新しい職業に就くということになるから、どちらかの数字に譲歩してもらわないといけない。49%が失業するなら、新しい職業に就くのは65%ではなくて51%、65%が新しい職業に就くなら、失業は49%ではなくて、35%でないと数字が合わない。もしこれらが本当なら、どちらにしても2030年頃には、現在の職業のすべてが新たな職業に変わり、失業率は現在の10倍を超えることになる。ILOのデータによれば、2015年の失業率世界トップは31.4%だから、日本の失業率が35%になれば、これを上回ることになるし、すべての職業が新しくなるなら、すべての職業、企業にとっても存続に関わる大きな課題である。

 

 こうした将来予測の真偽はともかくとしても、AIによる雇用問題に対しては、ベーシックインカムの導入や、労働はAIに任せて人間は労働から解放されるなどさまざまな意見があるようだ。もし、それらを実現しようとすれば、今から計画しなければ間に合わない。しかし、日本政府が進めている成長戦略は2020年にGDP600兆円を目指していて、AIloTなどの活用は掲げているが、このような新たな分配システムの検討はされていないようだ。そもそも、失業率が10倍になるまで、日本社会が静かにしているだろうか。雇用問題が重大な社会的課題を引き起こすことは、日米貿易摩擦や先般の米国大統領選を見ても明らかだ。 

 

 さてそうなると、なぜ人間を大量の失業に追いやるような技術を推進しているのか。生活が便利になると言うが、それは職業に就いて裕福になった、一部の人間だけの話ではないのか。そのせいか最近、プログラミング教育が注目されているが、それは、失業しないためのことなのか。しかし、その時代にプログラミングが必要なのか、それを学んだ100%の子どもたちが65%の就職組に入ることができるのか。予測困難なAI時代に対して、このような漠然とした不安や気味悪さを抱いている人たちは、少なくないのではないだろうか。

 

 このようなAI時代にはどのような教育が必要なのか、AIの教育利用を考えると二つの側面があるように思う。一つは、よくイメージされる、学習記録データや学習関連情報を大量に読み込ませて、AIで学習者の最適な学びを実現し、高度な人材に育てるような使い方である。こうした発想は、もともとCAIの時代からあったが、CA1時代と比べると技術がまったく異なるため、個別学習や授業改善などの活用に改めて期待されている。しかし、これまでも学習者がつまづきやすい内容や指導法については研究されているため、AIを活用して劇的な改善につながったという成果は、今のところ得られていない。このような利用の場合には、何を解決したいのか、課題の定義をまずしっかり行うことが大切であろう。漠然と大量のデータや大型のコンピュータがあっても、あまり成果は期待できない。おそらく本領を発揮するのは、個別の行動や認知プロセスなどの、ややセンシティブな情報が必要になるであろうが、どこまでやるか、それに見合うリターンがあるか等の検討が必要になるであろう。

 

 もう一つのAIの教育利用は、AIそのものを学ぶことである。 AIが囲碁の名人に勝利した、AIによって自動車の自動運転を可能にする、AIが農作物の生産管理を最適化する、将来は益々汎用化して、現在の単一的な機能から複層的な機能に進化するなどと言われているが、このような時のAIとは、果たしてどのようなものなのか。(少なくとも現在は)AIという生き物がいるわけではなく、大量のデータと、数式やアルゴリズム、それを処理する大型のコンピュータなどからできている。したがって、漠然とした気味悪さをそのままにするのではなく、その正体を理解して、仕組みや課題などを学ぶことが必要であろう。

 

 AIの仕組みを理解しただけでは十分ではない。自動車は人間より早く走り、トラクターは人間よりはるかに力が強く、スマートフォンは人間が処理できるよりもはるかに多くの情報を集め、遠くまで情報を伝えることができる。そう考えると、今後AIが、人間の知能を拡大する存在になる(と言われている)ことは、それほど意外な話ではない。しかし、前述のように、そのことによって、その先に何か起きて、どのような社会になるのか、ということは極めて予測が難しい。その社会の到来が、20302045年と言われているので、現在義務教育を終えた年代は、30代となり、まさにイノベーションを起こす中心的な存在となる。この時に重要なことは、どのような社会になるのかということよりも、どのような社会にしたいのか、職業が無くなるというよりも、無くしてもよい、無くしてはいけないという判断ができ、それを解決するマインドや知識・技能を持てるようになるかということである。失業率が35%を超えていく社会にしたいのか、その手前で、どのように手を打てばいいのか、これを考える時には電卓をたたいて、頭を抱えていてもよい答えは出ないであろう。コンピュータ技術の科学者だけでなく、生活者や社会学、経済学、などさまざまな分野の知見とデータが必要であろうから、開発者だけでなく利用者としてもAIの知識をもって、共に社会のあり方をデザインできるようになることが求められる。

 

 このような学びを実現するためには、現実課題に対して、多様な領域の知識や技能を融合させて解決するような学習活動があるとよい。そこで、私たちは、STEM教育に着目し、このたび、「日本STEM教育学会」を設立することにした。

 

 STEM教育は、1990年代の米国を起源として、産業の国際協力強化のために注目されてきたようであるが、現在では形を変えながら、多くの国で取組が進んでいる。デザインの観点からArtを入れたり、プログラミングの観点からRoboticsを入れたり、さらにはEthicsを加えたりと概念が広がっている。日本では、STEM教育の活動の一つであるプログラミング教育が新学習指導要領で必修化された。 STEM教育そのものが教育課程に位置づいているわけでは無いが、現実課題を、解決に必要な領域の知識・技能を統合して考えるというSTEM教育の考え方は、今後のAI時代の教育にとても重要な観点である。しかし、こうした教育活動を推進しようとした時に、これらを支えるアカデミアが日本にはまだ無いため、私たちはこのようなことに知見をもつ有識者の協力を得て、学会を立ち上げることにしたのである。

 

 主たる活動としては、学会として必要な関連の論文発行や発表会などに加えて、プログラミング教育に関する研究会、これからのSTEM教育を考える研究会、学校・家庭・地域の科学館や公民館・大学などとの連携プロジェクトなどを発足させる予定である。また、海外のSTEM教育との連携を行い、AI時代の教育のあり方について研究交流をしたいとも考えている。そして、私たちはこれらの多様な領域に加えて、日本の教育の良さを活かしてこれからの教育を考えたいと思っており、それが学会名に「日本」を付けた理由でもある。

 

 「日本STEM教育学会」が、各分野からの積極的な参加を得て、多様で建設的なコミュニティとなり、社会に有益な提言をしていくような学会となることを願って止まない。

 

(出典:月刊「視聴覚教育」平成2910月号)

 

「日本STEM教育学会」公式サイト(https://www.j-stem.jp)


新井 健一 -Kenichi Arai-

教育テスト研究センター(CRET) 理事長 / ベネッセ教育総合研究所 理事長

コラム

Reasearch label
2016-04-07

CRET/BERDシンポジウム2016

新井 健一

<< | 1 | 2 | >>

CRETの研究領域

テストの評価や解析についての研究を行う。海外の教育テスト研究機関との協同研究や交換プログラムなども実施。







>> 研究室の
詳細はこちら

コミュニケーション能力、チームワーク能力、ソーシャルスキルなどを測定するテスト方法の研究開発を行う。

相川 充

-Atsushi Aikawa-
筑波大学 人間系
博士(心理学)

>> 研究室の
詳細はこちら

コンピューターベースのテストの基盤研究や、メディアと認知に関わる基礎研究、およびそれらの知見を活かした応用研究および実践研究を行う。

赤堀 侃司

-Kanji Akahori-
東京工業大学 名誉教授

>> 研究室の
詳細はこちら