CRETの研究発表論文 Dissertation

CRETから、最新の教育・テストに関する研究発表論文をお届けします。

日本心理学会第82回大会 発表報告
~潜在的自尊心のバッファリング効果の検討:困難課題後の感情を指標として~

仙台国際センターにて、2018年9月25日から27日にかけて開催された日本心理学会第82回大会に参加し、発表を行いました。私が出発する前の鹿児島は日中30℃を超える暑さでしたが、仙台は20℃程度しかなく(しかも会期中は雨の日もあり)、肌寒く感じました。

会場となった仙台国際センターはとても広く、ポスター会場も十分な広さが確保されていました。会場内にお土産を販売する店舗も出ており、発表やシンポジウムなど8件のプログラムに関わって予定が詰まっていた私にはたいへんありがたかったです。

 

私はCRET相川研として実施した研究(潜在的自尊心のバッファリング効果の検討)を9月26日に発表しました。朝一番のセッションでしたが、多くの方に関心を持ってお越しいただくことができ、用意していた配布用の資料はすべて無くなりました。

 

自分に対するポジティブもしくはネガティブな態度は「自尊心」と呼ばれ、50年以上にわたり研究が続けられています。その研究の歴史の中で、自尊心が高ければ人生満足感が高く、抑うつや孤独感が低いといった、精神的健康に望ましい結果につながることが示されてきました。自尊心の測定には、回答者に「いろいろな良い素質を持っている」などの項目を提示し、どの程度当てはまるかを「1:当てはまらない~4:当てはまる」などの選択肢から選んでもらう、いわゆる自己報告式のものさしが用いられてきました。

 

近年になり、こうした自己報告式のものさしを使うことの課題(内省に基づくものであり、自分でも気づいていない側面のことは分からない、社会的望ましさによって歪む可能性がある)も指摘されるようになりました。こうした問題を解決しうる新たなものさしとして提案されたのが潜在的測定法であり、その中でも特に「潜在連合テスト(Implicit Association Test:IAT)」と呼ばれる測度を用いた研究が多く報告されています。

 

手続きの詳細は割愛しますが、IATはコンピュータを使用して単語や画像のグループ分け課題を行い、その結果をもとに「潜在的な」性格や態度を測定するものです。IATを用いて間接的に測定される「潜在的自尊心」は、質問紙などの自己報告式のものさしを用いて直接的に測定される「顕在的自尊心」とは異なる働きをすることが分かってきています。

 

みなさんは、テレビなどで「この問題が解けたらIQ◯◯」といった難しい問題に正解できると嬉しかったり、失敗すると「やっぱり賢い人と自分は違うんだな」などと感じ、がっかりしたりすることはありませんか?潜在的自尊心の高さは、こうした難しい問題に直面した際、がっかりしてしまうことを和らげてくれる緩衝材(バッファ)として機能するという知見があり、この現象はバッファリング効果と呼ばれています。私たちの研究でも過去に一度、そうした結果を得ていますが、知見の数は少なく、こうしたバッファリング効果が生じるか否かを継続して検討する必要があると判断し、今回の実験を行いました。

 

まず、参加者の顕在的・潜在的自尊心を事前に測定しておき、半数の参加者には比較的容易な課題を、もう半数の参加者には難易度の高い課題を行ってもらいました。その後、「自分は頭が悪いと思う」「自信がなくなった」などの「無能感」と呼ばれる感情をどの程度感じたかを尋ねました。その上で、潜在的自尊心が無能感を抑制するか否かを分析しました。私たちが以前に行った研究では、難しい課題を行った人たちは無能感を高く報告していましたが、その中でも潜在的自尊心が高い人たちは、無能感を感じにくい(バッファリング効果が機能する)ことが示されていました。今回はどうだったでしょうか。

 

残念なことに、今回はそうした影響は認められませんでした。つまり、難しい課題を行った人たちは、潜在的自尊心の高低にかかわらず、同程度の無能感を報告していました。この結果は、少なくとも今回の参加者のデータに限って言えば、潜在的自尊心のバッファリング効果は生じていないということになります。先行研究との違いを含め、いくつか解釈の可能性はあるのですが、現時点では目標としている参加者数に達していない状態での結果であり、結論を出すことはもう少し先にしたいと思っています。

 

発表にお越しいただいた方からは「今回の実験で用いた課題(アナグラム課題)は、参加者にとって『できなくても、あまりがっかりしない』課題だったのではないか」「参加者数がやや少ないように思われることから、今回の結果だけでは判断は難しいのではないか」といった手続きに対するご意見や、「そもそもIATで測定される自尊心とは何か」といった本質的なご質問をいただくことができました。

 

自尊心は以前から多くの研究者の関心を惹き付けてきた概念であるとともに、潜在的測定法が近年において注目を集めていることもあり、両者を組み合わせた「潜在的自尊心」の研究は今後もトレンドであり続けると感じます。果たしてその機能は何か、顕在的な自尊心とはどう違うのか、そして、私たちの生活にどのように生かしうるのか、という点を整理し、検討していくことは私たちにとって重要な課題です。引き続き研究を重ねていきたいと思います。

 

発表にお越しくださり、熱心に耳を傾けてくださった修士課程1年生の方からは、当日のうちにご挨拶のメールをいただきました。私もこの学会には修士課程の1年生から入会していたので、かつての自分を思い出しました(当時の私よりはるかにしっかりした方とお見受けしたので、自分のことを棚に上げないと語れないことですが)。

 

日本心理学会は国内の学会でも会員数が多く、年次大会の発表件数も膨大な数に上ります。毎回、参加したかったプログラムのすべてを回り切れませんが、それでも充実感に満たされ、大きな刺激を受けることができます。本務校では間もなく夏休みが明けますが、授業も研究も頑張っていこうと気持ちを新たにしました。

 

 

~潜在的自尊心のバッファリング効果の検討:困難課題後の感情を指標として~

(稲垣 勉・澤海 崇文・相川 充)

 

(CRET連携研究員 稲垣 勉)


稲垣(藤井) 勉 -Tsutomu Inagaki (Fujii)-

CRET連携研究員 鹿児島大学 鹿児島大学学術研究院法文教育学域教育学系 講師

2012年から2016年まで韓国で教育にあたっていました。日本に戻ってからは、車であちこち出かけるのが趣味になりました。

研究テーマ:人の態度や特性(パーソナリティ)を、潜在的測定法などを使って多角的にとらえる研究を続けています。http://pyfpy037.wix.com/tsut0muf

研究発表論文

2018-07-19

教育テスト研究センター年報 第3号 2018年7月

相川 充

赤堀 侃司

加藤 由樹

加藤 尚吾

竹内 俊彦

稲垣(藤井) 勉

澤海 崇文

星 千枝

北澤 武

若山 昇

宇宿 公紀

安西 弥生

外山 美樹

小林 輝美

湯 立

長峯 聖人

三和 秀平

永田 衣代

小田 理代

後藤 義雄

CRETの研究領域

テストの評価や解析についての研究を行う。海外の教育テスト研究機関との協同研究や交換プログラムなども実施。







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コミュニケーション能力、チームワーク能力、ソーシャルスキルなどを測定するテスト方法の研究開発を行う。

相川 充

-Atsushi Aikawa-
筑波大学 人間系
博士(心理学)

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コンピューターベースのテストの基盤研究や、メディアと認知に関わる基礎研究、およびそれらの知見を活かした応用研究および実践研究を行う。

赤堀 侃司

-Kanji Akahori-
東京工業大学 名誉教授

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