CRETから、最新の教育・テストに関する研究発表論文をお届けします。
日本教育工学会研究会(情報モラル教育の実践/一般)発表報告
~電子教科書使用時の紙ノートの必要性に関する比較研究~
2012年3月3日に、山口大学教育学部で開催された日本教育工学会研究会に参加し、「電子教科書使用時の紙ノートの必要性に関する比較研究」と題してCRETで行った実験の分析結果を発表してきました。その概要を報告します。
電子教科書の進化のスピードは速く、アノテーションだけでなくノート機能まで盛り込まれようとしています。韓国の小学校では、ノート機能が電子教科書に内蔵されており、別途紙のノートがありません。筆者らは、2010年に韓国の電子教科書の利用実態調査のため訪韓し、仁川市Dongmak小学校(実験校)の5年生の理科の授業を参観する機会を得ました。教師が電子黒板に映し出すテキストと生徒が使用するテキストは同じものであり、生徒は電子教科書上で、専用ペンを使用してマルチメディアコンテンツを操作したり、表に書き込みをしたりしていました。机には、タブレットPCと、それ専用の台、そして専用ペンがあり、それ以外の日本では当たり前の紙のノートや鉛筆、筆箱といったたぐいの筆記用具は一切ありませんでした。教科書が電子化され、マルチメディア要素が多分に盛り込まれることの是非はともかく、ノート機能を電子教科書に組み込み、紙のノートをなくしてしまうことまでは多くの教員にとっても想定外であると思われます。このような、電子教科書だけの学習スタイルで果たして学習効果があがるのかどうかは十分検討しなければならないでしょう。
本研究では、そもそも電子教科書時代に紙のノートが必要なのかについて、比較実験を行い、紙のノートの必要性を調査するものです。具体的には、大学生を対象に、電子教科書にノート機能をもたせ、電子教科書の単独使用群と紙のノートとの併用群での比較実験を行い、学習効果の比較を行いました。偏差値50前後の大学生80名(男性38名、女性42名)を被験者として、情報数学と統計学の分野を各30分間独学で電子教科書を用いて学習してもらい、学習しながら、書き込みをどこに行うかで2条件にわけました。電子教科書に書き込む条件をD条件(Digital条件)、紙のノートに書き込む条件をP条件(Paper条件)と呼ぶことにします。被験者を2群にわけ、上記2つの単元どちらかを紙のノートを併用して学習し、一方を電子教科書への直接書き込みで学習を行いました。
電子教科書は本実験のために独自に開発しました。この電子教科書は、汎用目的で作られてものではなく、この実験のために必要最低限の機能だけを実装したものです。
結果、学習の成果を直接示す事後テストにおいて、専門的内容に関する自由記述分に差異が認められ、紙のノートにまとめながら学習するP条件の方が成績が高いことが分かりました。用語や計算のような単純な問題であれば両群に差異がみられなかったのですが、専門用語の自由記述のような内容を考えながら説く複雑な問題となると紙のノートに書きながら学習したほうが成績が高いことがわかったのです。
自由記述アンケートによると、電子教科書だけの学習に対して、多くの否定的意見が寄せられました。特に、学習にとって重要な意見としては、「あまり学習した気にならない」「何故か全く頭に入ってこなかった」「重要部分をまとめなおすという作業ができない」がありました。紙のノートがないと教科書に直接書き込むことになり、重要な部分を書き写したり、まとめなおすという作業がなくなるため、熟考することがなくなることに危惧を抱いているようでした。さらにノートがあることによって「見ながら写すことで書いて覚えられる」「考えを整理しながらまとめ直すことができる」という意見が寄せられており、学習者が自分の考えを改めて自分の思考様式や言葉でまとめなおし、それが深い思考や記憶につながるのではないかと思われます。
また面白い意見として、「紙の伝統が失われる」「書いたものがページとして積み重ならず達成感がない」「温かみがない」といった、アナログならではのメディアの利点について書いてあったことは興味深いものがあります。
今回の研究をまとめると、特定の問題、今回は専門的内容についての自由記述において、紙のノートとの併用条件の方が成績が高いことが分かりました。その理由としては、1)学習スタイルに対する慣れ 2)ノートに書き写すことによって、正確な記憶になる 3)ノートにまとめなおすことによって熟考することができる が可能性としてあげられました。
「慣れ」は当然ではありますが、私たちは小学校以来ずっと紙に書くことによって学習をしてきました。紙に書かないと学習した気にならない、あるいは、集中できないなどといった慣れの効果があるのは当然と思われます。また、電子教科書と同じ画面に、たとえ空白が十分あったとしても、教科書と同じ文言を書こうとは思いません。別途ノートがあるから、書き写そうとする。あるいは、完全に写すだけでなく自分なりに考え、まとめる。それが、熟考を促し、専門的内容等の正確な理解にも結びつくのではないかと考えられます。
このように本研究では、現在の大学生にはたしかに紙のノートの方が学習成果があがることを示唆するものですが、しかしながら、その学習スタイルもまた、単なる慣れによるであり、幼少時から紙に書かずに覚える学習スタイルに慣れていれば、このような結果にはならない可能性もあります。
本研究では、実験当初に想定したほどの大きな差異は認められませんでしたが、今後は、国語問題等、幅広い学習による検証が必要になると思われます。
コミュニケーション能力、チームワーク能力、ソーシャルスキルなどを測定するテスト方法の研究開発を行う。
相川 充
-Atsushi Aikawa-
筑波大学 人間系
博士(心理学)
コンピューターベースのテストの基盤研究や、メディアと認知に関わる基礎研究、およびそれらの知見を活かした応用研究および実践研究を行う。
赤堀 侃司
-Kanji Akahori-
東京工業大学 名誉教授