CRETから、最新の教育・テストに関する世界の動向などをお届けします。
日本の子供たちの読解力について
赤堀 侃司
特定非営利活動法人教育テスト研究センター 理事
新井紀子さんの名著「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」は、世の教育関係者、だけでなく親も企業人も含めた多くの人々の関心を集め、ベストセラーになった。自分もその読者の一人であるが、極めて説得力がある。その理由は、新井氏が、卓越したAI研究者であることと膨大なデータを元に論を進めているからであろう。日本の15歳、高校1年生のPISA2018における読解力の成績が15位と下降したことも、その裏付けにもなって、読解力低下は世間の常識のようにも思える。ただ、奇妙な事実がある。
PISA2018の読解力の問題内容、と言っても、公表されている問題だけであるが、その問題内容を読むと、極めて易しい内容なのである。例えば、あるブログを読んで、次の文章は、事実ですか意見ですか、という設問が例示されているが、これに正解できないとはとても信じられないほど易しく、当たり前のような問題なのである。たぶん、小学生でも正答できるだろう。したがって、これは読解力ではなく、情報活用能力の欠如と言う方が妥当である、と言う説は、教育関係者の中でも同意する人も多い。
その根拠は、PISA2018におけるICT活用調査において、日本の子供たちは、スマホを使ったSNSやゲームなどの遊びの道具としてはよく使っているが、パソコンを使ったレポート作成や課題研究などの学習の道具としては、OECD平均より一桁低いという驚くべきデータを示しているからである。スマホからパソコンへ、遊びから学びへ、の変換が、日本のICT利用教育や情報教育に求められている。
さらに、私は、本当に読解力は低いのだろうか、という疑問を持っていた。ここ3年間をかけて、大学生を対象に調査を実施した。その調査は単純な方法で、全国学力学習状況調査B問題や高等学校入学試験問題のように、データが公表されている問題を、大学生に課して、小中学生と比較する方法である。この方法では、同じ問題であるから、結果は一目瞭然であり、そのデータも妥当性があるであろう。ただし、比較は、単純比較ではなく、回帰直線を基準として行う必要はあるが、結果は分かりやすい。その結果、国語の正答率は、ほとんどの問題が回帰直線より上位にあり、理科や社会は、ほとんどが回帰直線より下位にあり、それは統計的な有意差がある、という知見を得た。つまり、大学生の国語、読解力の代用としても、その能力は、中学校よりかなり上達しており、理科社会は、中学校よりほぼ同じか低いレベル、数学はその間の結果であった。実験協力者数が60名程度の小規模であることは残念だが、統計的な有意差があることは、根拠としては十分で、学術的にはおかしくない。
追求すべきは、その理由は何か、どう対応すればいいか、である。傍証的な研究はあるが、例えば、国語、数学、理科の学力学習状況調査の因子分析を行った結果、国語の因子は、理科にもかなり寄与があった、つまり、国語は、数学にも理科にも、たぶん社会にもどの教科にも必要な能力、汎用的な能力と言えるだろう。これに対し、理科や社会は、自然や社会における現象を解明し、理由を探究し、広くは問題解決を目指す、と考えれば、汎用的な能力の他に、固有の知識と問題解決に必要な能力が求められるだろう。数学は、それ自身が閉じた世界なので、理科社会とは異なる。この違いについては、松原などが、Thematic(教科に固有な概念や個別スキル)、Interdisciplinary(教科等を横断する概念や汎用的スキル)、Transdisciplinary(実世界での課題を解決する能力)と分類しているので、興味深く参考になる。PISAや学力学習状況調査B問題、新学習指導要領が目指す方向は、Transdisciplinaryであろう。この立場で考えると、先の大学生の学力比較の結果は、納得できる。
赤堀 侃司 -Kanji Akahori-
ICT CONNECT 21(みらいの学び共創会議)会長/東京工業大学名誉教授
静岡県高等学校教員、東京学芸大学講師・助教授、東京工業大学助教授・教授、白鴎大学教育学部長・教授を経て、現在に至る。この間、放送大学、国連大学高等研究所などの客員教授の兼務。
◆著書:『教育工学への招待』(ジャストシステム 2002年)、『授業の基礎としてのインストラクショナルデザイン』(日本視聴覚教育協会 2004年)、『授業デザインの方法と実際』(高陵社書店 2009年)、『コミュニケーション力が育つ情報モラルの授業』(ジャストシステム、2010年)、『タブレットは、紙に勝てるのか』(ジャムハウス 2014年)など。